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『腐食の地 - 酸化鉄に関する幾つかの試み』のためのノート
佐藤実 -m/s, 2017年
 酸素のあるところ金属は腐食から逃れられない。金属の比較的自由な電子が酸素と結合し、より安定した物質へと変容する腐食の過程、それを酸化と呼び、そこで生成される物質を酸化物或いは錆と呼ぶ。
 酸素は我々にとって必要不可欠な物質である。つまり我々が住む世界において金属はすべて酸化の過程に晒される。これは不可避な事柄であり、錆に囲まれた世界、腐食の地にしか我々は存在できない、とも言える。じっさい、酸素に触れる金属の表面は腐食しており、純粋な表面を持つ金属は人が住む環境には存在しない。錆の方が自然の状態であり、純粋な金属の多くは酸化物を精錬し手に入れたものである。
 我々が活動できる程度の温度、常温という低エネルギーにおいて酸化し生成される物質として、鉄から生じる酸化第二鉄=赤錆、銅から生じる酸化銅とその副産物である緑青などが知られている。赤錆も緑青も古来より顔料として用いられてきた。またこれらの酸化は発熱反応である。この発熱反応は身近なところでは使い捨て懐炉に利用されている。
 顔料の技術、そして精錬の技術などを鑑みても、錆は古来より多くの研究がなされ利用されてきたことがわかる。その反面、金属素材に囲まれた現代の日常生活においては経年劣化を象徴する、時に厄介な物質でもある。
 原理が十分に理解されており、どこにどのくらいで生じるかの統計的な見当はつけられるが、厳密に予測することが困難な現象、それが酸化である。よって、この作品にて酸化に関する何か新たな提案をもたらそう、とは考えていない。手始めに鉄の酸化によって生成される最も身近な物質、酸化第二鉄とその物性としての常磁性と誘電性を扱うことから、金属が腐食するこの地について思いを巡らせてみたいと考える。
 人為的に精錬した不安定な金属を、道具として頻繁に利用してきた我々にとって、より安定した物質である錆というものにはあまり魅力を感じないかもしれない。しかしながら人が住める環境において、自然の過程として生成される酸化物には、人為的なものとして得られた金属以上に何か学ぶべきところがあるような気がしてならない。

Rust Capacitor Sensor / 錆コンデンサセンサ
 酸化第二鉄(赤錆)は電気を通さない誘電体である。その誘電率はガラスやブラスティック素材よりも大きく、コンデンサの素材として利用することが理論的には可能である。
 錆を発生させた金属板と通常の金属板により、2つの電極に誘電体を挟む構造の最も単純な平板コンデンサを制作することにした。  通常平板コンデンサの電気容量は、誘電率と2つの電極の面積に比例し電極間の距離に反比例するという単純な計算式で表現できる。この場合誘電体は一様に分布しているものとして理想化されている。しかし実際の錆の発生は一様ではない。制作した錆コンデンサの電気容量を測ったところ数十ナノ〜数百マイクロファラッドの容量の範囲になることが分かった。その値は、外部の振動、錆の発生具合、電極と錆の重なり具合、電極間の距離の微小な変化などによって非常に不安定に変化する。
 そこで錆による平板コンデンサをある種のセンサ(コンデンサマイクロフォンや圧電センサのような機能)と見傚し、電気容量の変化を物理振動としてコンデンサにフィードバックさせる設計にした。錆の各場所による電気容量の変化の差は非常に大きく、安定した電気容量の場所ではほぼ無変化であり、センサとして機能する不安定な場所ではオーバーロードや発振を生じる。そのため、それぞれの位置での錆の状況の不均一さを観察できるように一方の金属板が錆面をトレースする仕組みになっている。
 つまりこの作品は、金属板面上に発生した均一ではない錆の電荷の変化、ある場所では非常に穏やかであり、別の場所では非常に荒れた状況を可聴化するためのものである。
 詩的なイメージに言い換えるならば、錆の大地に吹く電荷の風に耳を傾ける、そのような試みとも言えるかもしれない。

Rust Magnetic Tape / 錆磁気テープ
 このテープは、磁性体としての赤錆をテープ状にカットしたポリエステル上に塗布した、すべて手作業の加工によるものである。赤錆の粒子は乳鉢にてある程度大きさを揃えているが、十分に均一とはなっていない。塗布には糊を使用しているが、これは更に均一性を欠いている。よってこの磁性を有するテープ状の媒体は、通常の記録媒体としての機能をほぼ持ち合わせていない。
 磁性体としての赤錆を採取する過程で多くの粒子は既に磁化されている。磁化の度合いには当然かなりのバラツキがある。
 このような状況から得ることが出来るこの手作りの磁性媒体からの情報とは、その製造過程で生じた磁気のバラツキでしかない。
 今回カセットテープ状にしたが、当然ながらステレオどころかAB面と言った概念は無く、また再生によって生じる周波数やノイズのタイミングと言った時間軸上の出来事にも何も意味は無い。つまり音響作品としての意味は皆無である。ただ単に酸化鉄の持つ常磁性という外部磁場の影響で磁化する性質を、磁気のバラツキを通して垣間見る/聴くための作品である。


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