minoru sato m/s texts / 物理振動としての音、そしてその信号伝送システムに関して
物理振動としての音、そしてその信号伝送システムに関して
total concept and text by 佐藤実 -m/s, 1998年 (V2 archiefよりリリースしたアルバムのための論考・日本語版)
 音とは、物理科学の論理に沿うところの波動振動現象の1つとして定義される。それは、物質的な波動振動現象を意味し、波動方程式が記述するところの運動に準じるものである。しかしまた、波動振動現象とは、波動方程式が示す運動現象全般を意味するため、全ての波動振動現象を音と呼称することは困難であるかもしれない。特に音とは、空気中を伝搬する波動現象としての一般的な呼称である。そしてまた聴覚上の制限、つまり可聴周波数域の範囲内における波動現象という制限を、その呼称の中に含むものである。物理科学上の定義にしろ、聴覚という生理学上の定義にしろ、このような論理は、ある種の約束と看做し得る。しかしまた、生理学上の定義は、物理学上の定義と比較した場合、音という境界設定の基準が、いささか曖昧であると言わざるを得ない。少なくとも、聴覚と他の感覚器官による波動振動現象の感知を厳密に区別することは、困難である。 また、空気振動以外にも音響となる波動振動現象を見出すことが、可能であろう。その意味で先ず、物理科学上の定義が、最も一般性の高い、音に関する約束と言える。

 さて、以上のように定義される音に関して、より可搬性の高い全く別の現象に翻訳し、時間的或は空間的に分離した状況のもとで再現することを目的としたシステムがある。オーディオシステムとそのテクノロジーである。 そこでは、音は再現可能性或いは可搬性に優れた別の現象、そして別の存在に置き換えられる。そして、物理科学により保持された音という概念は、この翻訳において消失する。 つまり、この過程において、音は厳密には音ではなくなるのである。また、その過程を通じて、再生される音は、ある種の限定された再現となる。それが再現と言えるかどうかは、また別の次元での問題を提起するであろう。しかし、再現における限定自体に関しては、やはり物理的現象の視点より論じる事は可能である。これらのことを考慮して、物理的波動としての音とオーディオシステム及びそのテクノロジーの関係を再度考察する。

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