installation
emerge from the perturbation field
1995 Oct: exhibition, solo exhibition at Gallery KIGOMA, Tokyo

摂動場

 現象に対する知覚とその認識について考えたい。そこでは通常現象による出来事とその現象を形作る要素について考えるものである。しかし、そこには常にその要素を生成する為の多様な場が存在する。摂動場とは正しくそれら総ての場の相互作用により生ずるものといえよう。そしてまた、現象の背後に存在するこれらの場は、より微細で分化できる場により形成されているのである。現象とは、それら総ての場の相互作用より生ずる摂動の結果として生じた歪みである。
現象にたいする私達の認識は、この複雑な干渉場にたいして独立した単一の見解の傾向を示す。これは現象にたいする意味のユニーク性<単一性>を決定する行為でもある。ここで私達は一つの見解より限定された知覚を得るのである。この一つの見解により独立した知覚は、現象そのものを分離した単一なものへとしてしまう。このように私達の空間は、多様に独立した現象に取り囲まれた知覚認識環境に支えられている。
 現象の認識と各要素より現象を生成する「場」という概念、そしてそれぞれ独立した概念により支えられた干渉性の要素=現象について考えてみる。この双方の概念を結ぶために、私達は常に見解の捉え直しが必要である。そしてそれは現象の背後に隠れた場を明るみに出すことでもある。つまり、多様に分離した認識は、時間的推移のもとで干渉性のある概念に従って分布を描き出す。つまり、私達の認識が分離性から分布性へと拡張することである。この認識の分布性という過程を得ることは、如何に現象に付随する様々な摂動を明確に知覚し認識するかに関っていると言えるであろう。
 現実の現象に対する私達の認識は、常にその姿勢が問われている